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吊革のデザイン

吊り革
 学生の頃サラリーマンに描いていたイメージといえば、満員電車に揺られ、片手に通勤カバンを持ち、反対の手で吊革につかまりうなだれる、くたびれた姿だった。
「本当は自由になりたいけど、これにしがみつくより他ない」
吊革というモノが、世のサラリーマンの哀愁を象徴している存在のように思えていた。
 電車やバスに乗れば必ず見かけるありふれた、何の変哲もない、一見つまらなさそうなモノ・・・そんな吊革も、よく見てみると、色んなことを考えてつくられているように思える。 

目次

吊革の役割って?

 言うまでもなく、電車やバスで立っている人が転倒しないよう掴むためのものだ。座っている人はもちろん問題ない。問題になるのは立っている人だけ。それも、多分大人だけが想定されている。小学校低学年の子供の手が届くような位置には吊り革は設置されてない。

 もし電車やバスが全く揺れもしない、加速も減速もしないような乗り物だったら、吊革なんて必要ない。でも実際は揺れるし、加速も減速もしないわけにはいかない。
 もし電車自体に、揺れを抑えたり、加速や減速で生じる慣性力に対処する機能があれば、やっぱり吊革なんて必要ない。でも、そんなものないので、乗客側で、自分のことは自分でどうにかしなくちゃいけない。吊革があるということは、そういう思想が前提にある。技術的には本気出せば、揺れを抑えたり、慣性力に対処する機能を設けることもできるだろう。でも、多分コストとの兼ね合いで、吊革が選ばれている。

もしも吊革が「革」じゃなかったら?

 よく電車で見かける吊革は、頭上の金属棒から輪っかになった革がぶら下がっていて、その先端にプラスチックの持ち手部分が取り付けられている。
・・・でもあの革は、実際のところ革ではないらしい。戦前は実際に牛革が使われていたけど、盗難被害に遭う、燃えやすい、といった理由で、1956年以降は塩化ビニルコーティング製に置き換わったそうだ([1])。裏を返すと①高価な材料②燃えやすい材料 はNGということ。

 たとえば、塩ビの代わりに布を使っても、ぶら下がるための用途としては成り立ちはするだろう。でも、火災があったときには燃えてしまうのでNGということになる。塩ビと同じ樹脂でも、たとえばナイロンも燃えてしまうという理由でNG。麻紐なども同じくNG。燃えにくい材料というのは、結構強力な縛りだ。

もしも吊り輪が細すぎたり太すぎたりしたら?

 吊り輪ポリプロピレンなどのプラスチックでできてるが、もしこれがたとえば極端に直径1mmくらいしかなかったらどうだろう。咄嗟に掴んでぶら下がった瞬間に割れそうなことは目に見える。もしくは、逆に手を切ってしまうかどちらかだろう。

 逆に、もし直径が10cmとかあったらどうだろうか。咄嗟に手を伸ばしても握れず、転倒する姿が目に浮かぶ。実際の握り部の直径は20㎜程度だ。咄嗟に掴みやすい。ぶら下がっても割れない。掴んでもケガしない。よく考えられている。

もしも革が短すぎたり長すぎたりしたら?

 もしも「革」部分が短かったらどうなるか。たとえば、5㎝くらいしかないとする。頭上の金属バーの高さを変えないまま、革の部分だけを短くすると、単に短くなった分だけ吊り輪の位置が高くなる。すると、手を伸ばしても届かない人が一定数出てくる。
 代わりに、吊り輪を大きく(長く)するというのもありえる。でも、それだと咄嗟の判断でどこを掴んだらよいのかわからないし、掴んだ時に揺れて不安定になる。もしくは、金属バーの位置を下げるという考えもある。でもそれだと、背の高い人たちがバーに顔面を強打する機会が増える。

 逆に革部分が長かったらどうなるか。たとえば、1mあるとしよう。吊り輪の大きさ、金属バーの高さをそのままに吊革だけ長くすると、単にその分吊り輪の位置が低くなることになる。すると、やはり咄嗟の判断で掴みづらい。吊り輪の位置が低くなるということは、満員電車の場合、人混みに吊り輪がまぎれるということになる。これじゃ、どこに吊り輪があるのかわからなくなる。それに、吊り輪の位置が低くなると、掴んでバランスを取るのが大変になる。低い位置の吊り輪を手探りする様子は一歩間違えば、痴漢冤罪を招きかねない。

そんなこんなで、吊り革の長さは275mmから475mmくらいが想定されているようだ([2])。

もしも吊り輪がプラじゃなかったら?

 たとえば、吊り輪が木製だったらどうなるか。吊り輪は手で握るためのモノなので、手汗に耐性が必要だ。一口に木製と言っても、木にも色々ある。檜風呂があるくらいで、水に強い檜のような木がある一方で、モミのように腐食耐性の小さい木材もある。それに同じ木でも、心材か辺材かによっても腐りやすさが違う。木の中心にある心材の方が、腐食耐性がある([3])。
 腐食に強い木だったら、とりあえず手汗対策は大丈夫そうだ。問題は経済性。木製だとプラスチックと違って、金型で成形して量産、ということができない。切削加工になる。木製吊り輪も、無いことはない。東急1000系電車1317Fでは、木製吊り輪が使用されているようだ。

 金属製も考えられる。さすがに鉄とか鉛とか、比重の大きい金属は吊り輪に使うには危なげなので(頭にガンガン当たって、頭にくる)、せいぜいアルミくらいだろうか。アルミの輪っか。やるとしたら、切削なのか、鋳造なのか?いずれにしても、プラスチック注型の生産効率を超えるメリットが生まれるイメージが湧かない。それに、プラスチックで間に合っているものをあえてアルミに置き換える必然性もない。

もしも吊り輪の表面がざらついてたら?

 もしプラスチック製の吊り輪の表面がざらついていたらどうなるだろうか。吊り輪は毎日たくさんの人が手に汗握って握るモノだ。表面がざらついていたら、手垢が擦りこまれ、みるみる黒ずんでいくのが目に見える。衛生上よろしくない。なるべく表面はツルツルしてる方が、衛生的には良さそうだ。

表面仕上げをどれだけ滑らかにできるかという観点でも、プラスチックは都合がよさそうだ。金属でも、まあ良いかもしれない。吊り輪が頭にコツンコツン当たる痛さに目を瞑れば。木製でも良いかもしれないけど、プラスチックや金属と同じ平滑さを求められると、製作が大変そう。

もしも吊革が重かったら?

 もし吊革が革でも何でもなく、全部金属でできていたらどうなるか。金属の種類にもよるけど、たとえば鉛のように比重の大きい金属で中心直径120mm、断面直径20mmの吊り輪をつくると、その重さはだいたい1.3kgになる。万一その吊り輪が1.5m程度の高さから落下してきたら、足先に到達するときの運動エネルギーは約20J(ジュール)になる。あるデータによると、この運動エネルギーでも骨折する可能性があるらしい([4])。

 それに、先ほども書いたように、比重の大きい金属で吊り輪をつくると、頭に当たった時に痛い。吊り革は、丈夫さを損なわない範囲で、なるべく軽く作っておくに越したことはなさそうだ。

もしも革を束ねるバインダーがなかったら?

 ページ冒頭の写真にもあるように、吊革は輪っかになっていて、バインダーでまとめられていることが多い。これは何のためにあるのか。もし無かった場合を考えても、普通にぶら下がる目的なら致命的な問題にはならなさそうだ。

ただ、直感的に、バインダーがないと、横揺れが来た時の踏ん張りがきかない気がする。バインダーがないということは、革のループが自由に回転できてしまうということ。そうすると、横揺れに対して吊り輪を持って吊革の傾いた状態で踏ん張ろうとしたときに、金属バーと革、吊り輪と革との間でスリップが生じて、予想外の動きをしてしまうリスクがある。そうすると、ズルっと滑ってその拳が隣の人に当たって喧嘩になる、とかそんなことが起こりそう。

もしも革がループになってなかったら?

 先ほど書いたように、革はループ状になっていて、金属バーと吊り輪の間部分はバインダーでまとめられていることが多い。バインダーが無い場合は、革がループ状になっていて、ネジ式の固定具で留められていることもある。もし、革がループ状ではなかったらどうなるのか。

 革の素材はそのままに、ループにせずに一枚モノのまま金属バーと吊り輪とを結びつけることを考える。そうすると早速、「どうやって革と金属バー、革と吊り輪を結びつけよう?」という疑問にぶち当たる。「それならループにしちゃえ!」とはやる気持ちを横に置いておいて、その一枚モノの状態の革を金属バー、吊り輪とつなげる方法を考えてみる。
 一つは、たとえば革に穴をあけて、金属バー、吊り輪のどちらもボルトのようなもので固定する方法が考えられる。でも、これだとぶら下がる荷重で段々革のボルト穴が広がっていき、しまいには突然革が裂けてしまいかねない。危ない。
 他にも、ベルトに使われているようなバックルを使って固定する方法も考えられる。できなくはないだろうけど、注意して設計しないと、すっぽ抜けのリスクがあって、やっぱり危ない。

 そんなこんなで、わざわざ特殊器具を使って一枚モノ状態の革を固定するくらいなら、輪っかにして使った方が楽だし安全だ。それに、革の断面にかかる力も一枚モノに比べてループにした場合の方が小さくなる。一枚モノで人のぶら下がり荷重を支えようと思うと革の引張強度をあげないといけない(=コスト増)けど、ループ状にして荷重を分散すれば、革自体のスペックをあげる必要はなくなる。

もしも吊り革が紐状だったら?

 最後に、吊り革が紐状だった場合のことを考えてみたい。円柱状の金属バーに取り付けるものだから、吊り革は平たい形状にするのが自然なように思えるけど、紐状だって成り立たないわけじゃない。たとえば金属バーに穴をあけておいて、そこにナイロンロープなどを通すことだって、やろうと思えばできるはず。でも現実そうなっていないので、何らかの不具合があるはずだ。

 吊り輪がロープに取り付けられていることを想像してみる。電車に乗っていて不意にバランスを崩した時に、もしロープを使っていたら、吊り輪を掴んだ手がどっちの方向に突き出されるかわからない。「あっ!」とかいって電車の長手方向(車両の長辺方向)に拳が振られたら、瞬く間に隣人の顔面を強打し、乱闘になりかねない。

 吊り革が平たいのは、バランスを取る方向を1つに限定するためなんじゃないかと想像する。

デザインつまみ食い

「慣性力」~加速減速時には力がかかる

 電車が一定の速さで走ってるときは、電車と乗客が一体化して走ってるけど、電車が加速したり減速したりすると、転倒しそうになる。実際には何か力が働いたわけじゃないけど、乗客視点では力が働いてるように見える。これを「慣性力」という。

 通常の加減速程度では吊り革を掴まなくても足の踏ん張りだけで十分立っていられるけど、急ブレーキだったらどうだろう。乗りものニュースによると、急ブレーキの時の加速度(減速度)は毎秒4~4.5km/hだという。秒速換算すると、毎秒1.11m/s~1.25m/sのペースで減速していることになる。つまり、減速度は1.11m/s2~1.25m/s2だ。仮に、1.25m/s2で話を進める。
 仮に乗客の体重を60kgだとすると、この人に働いている慣性力は60kg×1.25m/s2≒75N(ニュートン)と計算できる。ニュートンというのは、kg重と同じように、力を表す単位だ。長さを表すのにメートルがあったりインチがあったりするのと同じだ。1ニュートンというのは、1kgのモノに1m/s2の加速度を生じさせるのに必要な力、という風に決められている。ちなみに、1kg重というのは、1kgのモノに9.8m/s2の加速度(重量加速度という)を生じさせるのに必要な力、と決められている。だから、1kg重=9.8Nなので、75N≒7.5kg重だ。つまり、電車が急ブレーキをかける時には、60kgの人ならだいたい7.5kg重の力が横向きに働いているということになる。

 吊り革をデザインする上で、これはどう役に立つのか。先ほど書いたとおり、吊り革は平べったいので、基本的には電車の進行方向に対して垂直の方向に揺れ動くことを想定して作られている。でも、実際は進行方向に対してもある程度振れることができる。だから、もし電車が急ブレーキをかけ、咄嗟(とっさ)に乗客が吊り輪を掴んだとすると、吊り革は慣性力と乗客の重量を合わせた荷重を支えられる必要がある。これは、7.5kg重+60kg重=67.5kg重・・・ではない。ベクトル和なので、 \sqrt{7.5^ 2+60^ 2}≒60.5[kg]になる。
 いまの話を文字で書くと、乗客の体重が変わった場合でもすぐに計算できるようになる。先ほど減速度が1.25m/s2と書いたけど、これを重力加速度9.8m/s2=1Gを基準とすると、0.128Gとかける。乗客の体重をm[kg]とすると、急ブレーキがかかった時に乗客に働く慣性力はm×0.128G=0.128mG(N)、乗客の体重はmG(N)と表せる。このベクトル和は、 \sqrt{(0.128mG)^ 2+(mG)^ 2}≒1.008mG(N)となる。m=60[kg]、G=9.8[m/s2]とすると592.8[N]となって、これをkg重に換算するために9.8で割ると60.5kg重となり、先ほどの結果と同じになるのが確認できる。たとえば体重が200kgの人がいたとすると、m=200[kg]として 1.008mG=1975.7[N]となり、9.8で割り201.6[kg重]とすぐに計算できる。
 あとは、乗客の体重m[kg]をどこまで想定するかが、デザイン上の肝になる。体重のギネス記録は重い人で560kgほどあったらしい。でも、当然そんな人は稀だ。力士の平均体重が160kg程度だそうなので、200kgですらレアケースだ。そうすると、560kgを基準にデザインするのは経済的に割に合わなさそうだ(引張に耐えられるだけの材質や太さにする必要があるから)。そこで、仮に200kgを設計体重としてみよう。そうすると、先ほど計算したように、吊り革は201.6kg重に耐えられればいい。・・・が、そんなギリギリで普通はデザインしないので、安全率4を見て、806.4kg重に耐えることを考える。
 ところで、吊り革のストラップは主にナイロン製だ。ナイロンの引張強度は、125-140MPaだ([5])。安全を見て、125MPaとして考える。MPaというのは応力・圧力の単位で、単位面積あたりどれくらい力がかかってるかを表す。先ほど出てきたN(ニュートン)で書き直すと、N/mm2となる。1N/mm2というと、1mm2に1Nの力がかかっているということだ。つまり、小蟻の乗っかるくらいの狭い範囲に0.1kg重の力がかかる応力・圧力が1MPaだ。125MPaというと、その125倍なので、1mm2に125N≒12.5kg重加えてもOKということだ。つまり、先ほどの安全率を考慮した806.4kg重の荷重に耐えるには、64.5mm2あれば十分ということになる。つまり、1cm×1cmよりも狭くてOKということになるので、たしかに電車の吊り革ストラップの断面なら、十分耐えられそうな太さがある。

「酸素指数」~材料の燃えにくさを表す

 先ほど、吊り革の「革」は実際のところ革じゃなくて、塩化ビニルが使われているという話をした。塩化ビニルというのは、それ自体が難燃性(燃えにくい性質)のある材料で([6])、火災リスクのある場所では頻繁に使われる。
 燃えやすい、燃えにくい、というのを定量的に(数字を使って、カチッと)表す方法に、「酸素指数」というものがある。酸素指数とは

燃やすのに必要な酸素濃度を示し、空気中の酸素濃度21%よりも大きいと自己消火性(火元を取ると空気中で燃えない)で、塩ビ樹脂は他の汎用プラスチックに比べて、燃えにくい www.vec.gr.jp

ということだ。たとえば酸素指数が50だったら、酸素濃度が50%ないと燃えないということだけど、空気中の酸素濃度は21%なので、フツーの環境では酸素濃度が低すぎて燃えない、ということだ。もし作ろうとしているモノに難燃性を持たせたかったら、材料の酸素指数に気を払うといい。

★酸素指数についてより詳しく知りたい人へ★ www.djklab.com

「引張強度」~どこまで引っ張って大丈夫か

 ぶら下がっている最中に千切れてしまうような吊り革はポンコツだ。危険極まりない。だから、吊り革にどの程度の荷重をかけても大丈夫なのかは、吊り革のデザインで一番重要な点だ。
 材料をどこまで引っ張っても大丈夫かを表すパラメータに、「引張強度」がある。引張強度とは、その材料が持つ限界応力だ。応力とは、単位面積あたりにかかる荷重のことをいうが、たとえば同じ銅線でも、細いのと太いのでは、同じように力をかけていっても細い方が先に千切れてしまうのは何となくイメージがつくだろう。でも、単位面積あたりの荷重で見れば、同じような応力がかかったときに千切れるはずだ。だから、引張強度は、応力で考える。詳しくは以下が参考になる。

d-engineer.com

名前のとおり、引っ張られた時の限界応力を表す。もし作ろうとしているモノのどこかで、引張力が働くような箇所があるなら、いつも「どこまで力(応力)を加えても大丈夫なのか」は頭に入れておく必要がある。

「表面粗さ」~滑らかさを数字で表せるか

 身の周りのプラスチック製品は表面が滑らかなのが当たり前すぎて、あまり滑らかな手触りについて感動を覚えることは少ないかもしれない。でも、技術力や工夫なしには滑らかさは生まれないし、見慣れているモノの表面が滑らかでなかったらどうなるか、と少し想像を働かせてみると、滑らかさがいかに大事な要素かということが分かってくると思う。
 その「滑らかさ」を定量的に表すのに、「表面粗さ」というものがある。表面粗さは文字通り、表面の粗さを数値で表したものだ。測定方法によって、線粗さと面粗さがある。文字通り、線上で粗さを測るものと、面的に粗さを測るものだ。滑らかそうに見える表面でも、顕微鏡レベルでは凹凸が繰り返されている。その山の高さや谷の深さを使って、表面の粗さを表現するいくつものパラメータがある。詳しくは、以下が参考になる。

www.keyence.co.jp

個人のDIYレベルのものづくりでは、元々表面仕上げのされたプラスチック材料を使うことが多いと思うので、あまり自分で表面粗さを設計することはないかもしれないが、もしモノを使っている内に表面が黒ずんできたり、取れない汚れが目立つようになってきたら、表面粗さが関係している可能性もある。

「運動エネルギー」~衝突の威力を数字で表すには(運動エネルギー)

 本編では、吊り輪が仮にものすごく重くて、それが落下したと想定した場合の衝撃について触れた。でも、衝突と聞いて一番思い浮かばれそうなのは、車だろう。
 衝突の威力は「運動エネルギー」で定量的に表せる。運動エネルギーは、モノの質量をm[kg]、モノの速度をv[m/s]とすると、 1/2mv^ 2[J]で表せる。仮に車両の質量を1,000kg、時速40km(秒速11.1m)とすると、運動エネルギーは 1/2×1000×(11.1)^ 2=61605[J]となる。
 これがどの程度のものなのか想像つかないと思うので、プロ野球の投手が放つ時速150km(秒速41.7m)のストレートと比較してみる。硬式ボールの質量は141.7~148.8gらしいので([7])、ざっくり150gとして、その運動エネルギーは1/2×0.15×(41.7)^ 2=130.4[J]となる。
 車と硬式ボールじゃ全然形状が違うので、痛さという点では単純な比較はできないけど、エネルギーとしては400倍以上の差がある。時速150kmの剛速球が直撃するだけでもおぞましいのに、その400倍以上のエネルギーを持つものが衝突することを考えると、とても生還できる気がしない。
 ところで、なんで運動エネルギーなのか。速さだけじゃだめなの?と思うかもしれない。ありえない仮定だけど、たとえば車のサイズと硬さはそのままに、質量だけ10gになったものを想定してみる。それが仮に時速40kmで突っ込んできても、生還できそうなのは、なんとなく想像がつくだろう。質量が大きくなっても、速度が大きくなっても、衝撃は増える。だから、衝突の威力は運動エネルギーで表す。

「断面2次モーメント」~曲げにくさを数値化する

 モノには曲げやすい向きと、曲げにくい向きがあるのは、イメージできると思う。定規がわかりやすい。小学校の頃、定規を曲げた反動で消しゴムをはじく遊びが流行った。定規を曲げる向きは、説明するまでもないだろう。誰も、定規の幅の細い面を折りたたむ向きに曲げようとは思わないだろう。でも、なんでその向きは曲げづらいのか。それは、同じ材質でも、形状によって曲げやすい向きと曲げにくい向きがあるからで、それを「断面2次モーメント」で表すことができる。
 


★参考★
[1]テツペディア Vol.18 吊り革 |雑学|トレたび - ちょっと気になる鉄道雑学
[2]使いやすい車内設備 | 研究開発 | JR 公益財団法人 鉄道総合技術研究所
[3]腐りやすい木・腐りにくい木 | 無垢フローリング・無垢材・無垢内装材|マルホン
[4]閉まる扉による骨折リスクの考察(続:エレベーターの危険性)| 労働安全衛生総合研究所
[5]PA66(ナイロン66)物性表1|KDAのプラスチック加工技術
[6]塩ビ製品による火災のリスク削減|塩ビとは|塩ビ工業・環境協会(VEC)
[7]野球ボールの大きさ(軟式・硬式)【サイズ.com】

金網フェンスのデザインをよく見てみると奥深かった

線路脇の金網フェンス
線路脇の金網
 ひとたび街を歩けば見かけない日ことはないというほどよく見かける,金網フェンス。
 日常の風景に溶け込みすぎて,もはや空気のような存在だけど,一見単純そうなモノだけに,あれこれ考えてみると意外な発見がいっぱいある。

金網フェンスは何のためにある?

 金網フェンスをどこで見かけるか。野球場,線路脇,マンション沿い,変電所周りなどなど,本当に色んなところでお目にかかる。
 金網フェンスの役割ってなんだろう?たとえば野球場なら,ボールの場外飛び出し防止。線路脇なら,人や動物,車,それにボールや風で飛んできたモノが侵入するのを防ぐ。マンションや変電所周りも,人の立ち入り禁止のためにあるものだろう。
 要するに「入っちゃダメ」という目的で設けられている。 

もしも金網フェンスの背が低かったり高かったりしたら?

 もしも線路脇の金網フェンスがたとえば,50cmくらいだったらどうだろう。多分,毎日のように小学生や中学生が(イケナイ大人も!?)線路に立ち入って,あちこちで電車が止まるだろう。そうじゃなくても,ちょっとボールとか飛んできたら簡単に線路上の障害物になるし,やっぱり簡単に電車が止まる。
 マンション脇の金網も,数十センチとかいう程度の高さだったらやっぱり,ちょっとしたワルは入っちゃおうかなという気になるんじゃないだろうか。文字通り,ハードルが低い。

 逆に,金網の背がめちゃくちゃ高かったらどうだろう。たとえば,線路脇の金網が,50mあるとか。まず率直に言って「ムダ」だということが誰でも直感できるんじゃないだろうか。そして,倒れてきたら,危ない。電車の上に倒れてきたりなんかしたら,本末"転倒"。何やってんだかわからない。もちろん,50mの高さでも倒れない金網というのは,頑張れば作れると思う。でも,それこそ「ムダ」。
 マンション沿いの金網を50mで建てたら,今度は別の問題が起こる。「景色悪くなったんですけどー」って,上の階の人たちからクレームの嵐。「1階に不審者が入んないようにすればいいんでしょ?なんで私たちまで巻き添えくらわなきゃいけないのよ!」って。

 そんなこんなで,あちこちで見かける金網は,「ちょうどイイ」高さに落ち着いているはず。

もしも金網の目が粗かったり細かかったりしたら?

 たとえば,金網の目,つまりワイヤーに囲まれて空いている隙間の部分の大きさが,1m×1mとかだったらどうだろう。
 線路脇の金網がこんなんだったら,さっきの話と同じで,毎日のように小学生や中学生が(イイ大人も!?)線路に立ち入って,あちこちで電車が止まるだろう。そうじゃなくても・・・(以下省略)。

 逆に,金網の目がこれでもかっていうくらい細かかったらどうだろう。手編みセーターくらいのイメージ。線路脇の金網でこれやられたら,全国の鉄道ファンや子供たちが泣く。そして,線路脇の道の圧迫感が増す。もしかしたら,線路脇に住む人たちにとってみたら,防音性はちょっと上がるかも?
 でも,線路脇で見かけるタイプの金網は,ワイヤー同士を撚ってつくってるわけなんで,多分,一部のワイヤーが切れたりしてダメになっても,その部分だけ取り替えれば済むようになってるんじゃないだろうか。そうだとすると,これでもかというくらい金網の目を細かくしてしまうと,取り替えが面倒くさくなる。

 そんなこんなで,金網の目の大きさも,「ちょうどイイ」大きさになっているはず。

もしも金網が細かったり太かったりしたら?

 もし,金網のワイヤーが髪の毛みたいに細かったらどうだろう。簡単に切れそう。でも,これはさっきの目の細かさにも関係する話で,もし髪の毛の太さでも,細か―く編んでたら,そんな簡単に切れることもなさそう。もし,元と同じ目の粗さでワイヤーだけ細くした場合は簡単に切れそうなだけじゃなく,金網が見えづらくなって,間違ってぶつかる人が増えそう。

 逆に,金網のワイヤーが指くらい太かったらどうだろう。それはそれは頑丈な金網ができそうだ。でも,指くらいの太さのワイヤーを元と同じくらいの間隔(ピッチ)で撚るのは難しいだろう。硬すぎて硬すぎて・・・。だから,多分ワイヤーを太くするとその分,撚りの間隔が広がっていく。つまり,目は粗くなっていく。
 それか,撚らないという選択肢も出てくるだろう。本当に太くてただただ頑丈な金網を作りたいと思ったら,太いワイヤー同士を格子状にして,お互いに溶接すれば済みそうな話だ。

 そんなこんなで,金網の太さを変えても成り立つのかもしれないけど,目の粗さとかつくり方とか,他のことに影響が出てきそうだ。

もしも金網じゃなくて〇〇網だったら?

 もしも金網じゃなくて,たとえばプラスチック網だったらどうだろう。金網と同じように,プラスチック線を撚ってお互いに絡ませてつくったようなものを想像してみる。太さは,元の金網と同じ直径1~2mm程度のもの。プラスチックといっても,種類は色々ある。釣り糸で使うナイロン糸やポリエステル糸だったら,金網と同じように撚ってみても,成り立つかもしれない。
 でも,もし何かのケースに使われてるような「カチッコチ」のプラスチックだと,撚れない。いや,撚れるのかもしれないけど,作った段階で撚った形にしておかないといけない。たとえば,使ってる途中で壊れたからといって現場で撚り直すのは難しい。
それとは別に,何の対策もしてないプラスチックが外で日光に晒されると,傷む。そうすると,衝撃に弱くなったりする。これじゃあ,「入っちゃダメ」の網に使うには心もとない。

 ガラスだったらどうか?見栄えはいいかもしれないけど,割れたら厄介。危ない。
 木はどうだろう。家庭の庭なんかでも木でできた格子状のちょっとオシャレなフェンスなんかもあるくらいだから,全く成り立たないわけではないと思う。でも,雨風に晒されたらダメになりそうだし,放火のリスクもある。割れたときの修理も大変そう。

 そんなこんなで,金網じゃない〇〇網でも成り立つのかもしれないけど,金網の場合には考えなくてもいい,他のことを色々考える必要が出てきそう。

もしも金網が透明だったら?

 金網が透明だったら,見た目はいいかもしれない。街中の電線と一緒で,金網も一部の人たちには見た目の問題で目の敵にされていることと思う。でも,金網が透明だったら(金属だったら透明にはならないけど),これまた間違ってぶつかってくる人とか動物がいて,安全の面で不都合が出てきそうだ。
 実際は,もし透明にしようと思ったら,ガラスとかアクリルとかを使うことになるのかもしれないけど,割れやすいとか,日光でダメになるとか,集光して火災の原因になるかも?とか,壊れた場合にどこを直せばいいのか見た目じゃわからないとか,色々課題が出てきそうだ。

 「だから透明な網じゃダメなんだ!」ということじゃなく,透明にするならするで,それはそれは考えなきゃいけないことが色々出てくるという話。

もしも網じゃなくて壁だったら?

 これは,もう似たような話が既に出てきた。網目を細かくする話に似ている。網目を究極に細かくしていったら,それはもう壁同然だ。
壁だったら,本来の目的の「入っちゃダメ」という点では,とてもいい働きをしてくれる。網目を細かくする場合と一緒で,線路脇に壁建てたら,全国の鉄道ファンや子供たちが泣く。そして,線路脇の道の圧迫感が増す。だいたい,工事がちょっと大変そう。費用も,金網に比べたら多分高そう。線路脇に住む人たちにとってみたら,防音性は上がるからいいかもしれないけど。

 費用とか工事が大変そうという問題を置いておくとすると,たとえば,壁作っておいて,適当にアクリル窓をつけるとかして,線路の様子を見られるようにすれば,全国の鉄道ファンや子供たちが泣かずに済むかもしれない。

まとめ

 以上考察してきたとおり,金網フェンスはなるべくして,あの姿形をしているのではないかと思われる。なんとなれば「目ざわりだなー・・・」とか思ってしまって申し訳ない。皆さんも今度金網フェンスに出くわしたときは,素通りしようとする足をちょっと止めてみて,そのデザインの深遠さに想いを馳せてみてはいかがだろうか。